まえだ・かよこ●Japanリージョンゲーム事業本部 ゲーム開発四部 第一グループ。静岡県出身。36歳。東海大学文学部英文学科卒業。2009年入社。学生時代は音楽に夢中になり、ライブには週1ペースで出かけ、フェスにもよく足を運んだ。卒業後、1年半のアルバイト勤務、7年間のゲーム会社勤務を経てディー・エヌ・エーへ。趣味はフットサル。夫と4歳の長女と1歳の長男の4人暮らし。
エネルギッシュな社風の中で、クリエイティブな業務に没頭
ディー・エヌ・エーに入社したのは31歳の時。それまで、家庭や個人向けに作られたコンピュータゲーム、いわゆるコンソールゲームのプロデューサーとして、ゲームコンテンツ企画を行う会社に7年間在籍していた。ゲームにかかわりたいと思ったのは、大学卒業後にアルバイトとしてテーマパークで働いていた時。「テーマパークに来るお客さまの笑顔を見て、自分はエンタテインメント事業にかかわる仕事がしたいのだと気づきました。遠回りでしたが、いい回り道でした」
前職のゲーム会社に入社した当時、PlayStation(R)やPlayStation 2(R)、ニンテンドーDS(R)の爆発的ヒットでコンソールゲーム業界は盛り上がっていた。しかし人気は陰りを見せ始め、前田さんはコンソールゲーム開発に行き詰まりを感じていたという。そんな時、ひしひしと思ったのが、「これからはモバイルゲームの時代だ」ということだった。
ディー・エヌ・エーに転職を考えたきっかけの一つは、“モバゲータウン”(現在のMobage)の存在だったという。2006年2月にスタートした携帯電話向けのポータルサイト兼ソーシャル・ネットワーキング・サービスは、半年で会員140万人を突破。開設1年後には400万人を集めるサイトに急成長を遂げた。
「これほどユーザを集めるサイトの魅力は何なのだろう、という素朴な疑問と、そのカラクリを知りたいという好奇心が強く、転職を決めました」
入社すると、社内でも極秘で進められていたプロジェクトに配属され、新規ゲームの企画立案、開発、運用を任される。当時、長女を妊娠していた前田さんは、『怪盗ロワイヤル』のカスタマーサポートエスカレーションなどの業務に携わっていた。社歴や年齢に関係なく思ったことを言い合え、「とにかく良いサービスをユーザに届けたい」一心で誰もが真剣に仕事をしているすがすがしいカルチャーが、ものすごく肌に合ったという。
1人目の育休後、現場に復帰した時には、ゲーム事業を中心とした売り上げの伸びとともに、社員数は産休前の10倍近くになっていた。ディー・エヌ・エーのメイン事業に成長していた部署で時短勤務として働くのは酷なのでは…と当時の上司が気を使い、前田さんはアシスタントの仕事を任されることになった。ゲームで使うイラストの外部発注の契約や支払いなど、事務処理を行ったり、プロジェクトメンバーの勤怠管理をチェックしたり、マネジメント陣やメンバーが業務に集中できるようにサポートするのが、前田さんの役割だった。
しかし、開発、運用がやりたいという思いは強く、上司にその旨を伝えたところ、復帰1年後に再びゲーム開発業務を担当することになった。
「アシスタントの仕事も並行してやってはいましたが、開発担当として、タイトルのイベント内容や他ゲームとのコラボレーション企画を考えられるようになったことが、うれしくてうれしくて。机の上だけではなく、通勤時間など業務時間外にもエンタメに積極的に触れながらヒントを得ることも多かったですね」
その後、2013年7月に2人目を出産後、2014年4月に復職。現在、2児の母でありながら、新規ゲームアプリの開発チームに在籍し、日々、「いかに面白く、毎日遊んでもらえるゲームができるか」に情熱を注いでいる前田さん。
「今、開発しているのはパズルゲーム。内容全体を指揮するプロデューサーのもと、私は細かいゲームのギミック(仕かけ、策略)のパズル内配置をしています。ある程度作り込んだらプロジェクトメンバー15人ほどに試しに遊んでもらい、もらった意見を反映しながらブラッシュアップしていくのです。右脳と左脳をバランス良く使いながら、チーム皆で一つのものを作り上げていくことが、本当に面白いんですよ」
16時30分までという時短勤務だからこそ、仕事に優先順位をつける大切さ、一人で抱えずいち早く周りに頼る重要性に気づいたと話す前田さん。1人目復帰直後は、終わらない仕事を家に持ち帰り、無理をして体調を崩すことも何度かあったそう。そんな時、「子どものためにも、仕事のためにも、何よりもまず自分を大切にしないと」と先輩ママ社員に励まされ、仕事の生産性を上げる工夫をすることにより、仕事と家庭のバランスをうまくとれるようになったという。
自分だけでなく2人いる子どものどちらかが体調を崩して会社を休まなければいけないこともあるため、意識的に自分の担当業務の進捗状況をシェアすることも心がけている。自分が何の業務をいつまでにする予定かという報告だけでなく、一つひとつの業務について、「このツールをここからインストールする」「このデータをここから拾ってきてここに格納する」といった具体的な段取りもドキュメントに残すことにより、自分の業務を可視化しているそうだ。
仕事と育児の両立は確かに大変だが、そこには相乗効果もあるという。前田さんには、仕事をしながら「育児を経験していて良かった」と感じることが2つあるそうだ。
1つ目は、段取り力が格段に向上したこと。とにかく時間がないため、仕事も家事も育児も「何分でこれをした後に何分であれをやろう」「この時間までにこれを終えればあれに間に合う」というような“段取り”を常に考えるようになり、日々を効率的に過ごせるようになったという。
2つ目は、何に対しても誰に対しても寛容になったこと。「子どもが2、3歳の頃の『イヤイヤ期』と比べたら、仕事上で少し面倒なことを言ったりやったりしている人なんかかわいいものです」と笑う。昔と比べて、仕事中にイライラすることが格段に減ったのだそう。
「今後は、入社時からやりたいと思っていた女性向けのゲームやサービスを手がけたい。とはいえまだ復職したばかりですし、まずは今ある目の前の仕事に全力を注ぎつつ、『やりたい』と言ったことを受け入れてもらえるよう実力をつけたいですね」
フロアに数カ所ある打ち合わせスペースには椅子がなく、社員同士、立ったまま話す。軽く相談したいとき、だらだらと話し込まず気軽にミーティングができるように工夫されているのだ。
社員食堂「Sakuraカフェ」で仕事することも多々ある。陽の光が入る明るいスペースは居心地がよく、気分転換したい時にも最適。
前田さんのキャリアステップ
STEP1 入社1年目、ソーシャルゲームプロジェクトに配属される
入社後、ソーシャルゲームの新規開発、運用のプロジェクトを担当。前職が比較的のんびりした社風だったため、若手が物おじせずに自分の意見を言ってプロジェクトを推進していくディー・エヌ・エーの風土に慣れるのに最初は必死だった。
STEP2 1年間の産休育休取得後、入社3年目でソーシャルゲーム統括部に復帰
9時30分から16時30分までの時短勤務で復帰する。アシスタントとして1年働いたのち、アシスタント業とゲーム開発業を半々のウエイトで任される。
STEP3 第2子出産のため2度目の産休育休取得後、入社6年目で現職へ
念願だったゲーム開発業務に集中できて、「今が一番楽しい」と話す。子どもが急に熱を出して出社できないこともあるため、仕事は一人で抱えず常に周りと共有し、自分が抜けても仕事が回るように工夫。できないことは早めに周りに助けを求めるなど、育児と仕事の両立に奮闘している。
ある一日のスケジュール
前田さんのプライベート
2014年夏、家族旅行で新潟・湯沢へ。初めての釣りで大興奮の娘。
2014年夏、母と娘の2人で東京・お台場デート。ふんわりパンケーキをぺろり。
年に一度は千葉にある母娘大好きなテーマパークへ家族でお出かけ。
取材・文/田中瑠子 撮影/鈴木慶子