おはら・ひさとし●財務局 建築保全部 施設整備第一課 建築係 主任。工学院大学大学院建築学専攻修士課程修了。2012年4月入庁。大学院2年時からアルバイトをしていた設計事務所に正社員として入社し、7年間勤務。その後、設計事務所に2度転職して計4年間の経験を積む。2011年、もっと広い視野で建築にかかわり、建築の企画から運営までトータルな仕事をしてみたいと考え、東京都のキャリア採用に応募。建築職で採用される。
東京国際展示場と東京国際フォーラムの改修工事を担当し、そのスケールに興奮
東京都が管理する建物は高度成長期やバブル期に建設されたものが少なくない。そこで、東京都は2009年に「主要施設10カ年維持更新計画」を策定し、こうした建物の長期的な整備を進めている。小原さんが所属している建築保全部 施設整備第一課では、その計画に基づいて病院や文化・スポーツ施設、庁舎などの改築(新築)や改修工事を取り仕切っている。
「案件は担当各局から委任を受けてスタートし、基本計画~基本設計~実施設計~工事発注~工事着工~工事竣工というふうに流れていきます。私が担当しているのは、前年度に設計が完了している物件の積算や施工者の選定を行う工事発注業務。そして着工後は、契約通りに施工が進んでいるかどうかといった工程管理や工事現場の安全確認、仕様を満たしているかどうかの品質管理を行う工事監督業務を担当しています。ほかにも、次年度以降の施設整備計画の検討を行う工事計画、工事着手に向けての基本設計や実施設計などを行う設計業務に携わっています」
実は、小原さんは入庁前に設計事務所に10年以上勤務した経験があり、個人や企業からの依頼でさまざまな建物の設計を手がけてきた。その実力が買われ、入庁早々すでに計画が進んでいる東京国際展示場と東京国際フォーラムの改修工事を任された。どちらも、劣化した機能の回復と利用者のニーズに応える機能回復が目的だ。
「各作業の難易度やポイントを踏まえて監理者に指示を出したり、施工者との調整業務を行ったりする要領は前職で心得ていたので、戸惑うことはありませんでした。ただ、どちらも通常通りに施設を運営しながらの改修工事だったため、イベント開催などに支障がないよう、夜間やイベントのない日に工事を進めなければなりません。これは初めての経験でした。全体を休館にして一気に工事を進めるよりも、工程の組み方が難しく、時間も手間もかかる。そこで、施工者へのヒアリングで作業時間を正確に読み、施工者と施設管理者の間の調整を綿密に行い、時間と手間を極力抑えるよう努めました」
当然、監督員として深夜に工事に立ち会うこともあった。
「これも初めての経験でしたが、意外に楽しかったですね(笑)。深夜に広い道路を一部通行止めにして、見たこともないような巨大な作業車で機材を搬入したんですが、そのスケールの大きさに圧倒されました」
民間企業に勤務していたころは個人や企業の要望に応えればよかったが、都の施設に携わるようになり、小原さんはその先にいる“見えない利用者”を強く意識するようになった。立場も受注者から発注者に変わり、発注者視点が求められるようになった。
「手続きが多く、一つひとつ細かい手続きが必要なことに驚きましたが、費用の出所は税金ですから無駄遣いはできません。ここでの仕事を通して、条例や基準をきちんと調べ、裏づけを取ってから判断していくこと、技術職の先輩の知識と経験を共有し、適切な判断に生かしていくことを学びました」
通常営業を続けている施設の改修工事は、工事を終えたそばから利用されていくので、「すべてが完成した!」という達成感を得にくいもの。しかし、小原さんは各工事や工期が終えたひと区切りに小さな達成感を見いだしている。
「一般の人たちに支障なく利用されているのは、工事がうまくいった証拠。その様子を間近で見られるのは、やはり感慨深いものがあります」
工事を受注しているゼネコンなどの担当者を交え、週1回は建築関係者との定例会議を行う。同じ日に、電気係、機械係、美術館スタッフを交えた定例会議も行っている。
毎回が新しいチャレンジ。これからも自分の知識や技術力を高め、応用力を養いたい
東京国際展示場と東京国際フォーラムの改修工事は現在も進行中だが、2012年10月からは東京辰巳国際水泳場の改修工事にも携わっている。
「この水泳場は、今年9月に開催されるスポーツ祭東京2013の会場に予定されているため、その予定に合わせて休館期間を設けて、改修工事を行い、6月に第1期工事を完了しています。第2期工事は、大会終了後に行う予定。スケジュール通りに第1期工事を完了できてホッとしていますが、第1期に外壁すべてのクリーニング工程を組み込むことができず、入口付近の見える部分しか終えていないんです。予算とスケジュールの都合でやむを得なかったとはいえ、第1期中にまとめて組み込む方法はなかったのかと、やや悔いは残っています」
さらに12年7月からは、東京都庭園美術館の解体・改修・改築(新築)工事も担当することになった。東京都庭園美術館は、昭和8(1933)年に建設され、アール・デコ(※)の装飾様式をほぼ完全な形で現在に残す貴重な建物。平成5(1993)年には、東京都指定有形文化財に指定されている建物だ。
「実は、この美術館は私のお気に入りの建築物。建物本体と美術作品が一体となった美しさが素晴らしく、学生時代から何度も足を運んでいました。美術館が改修のために一時閉館すると知ったときは、最終日に並んで入館し、その最後を惜しんだほど。そんな自分が東京都に転職し、まさかこの改修を担当することになるなんて…夢にも思いませんでした(笑)」
(※)1910年代から30年代にフランスを中心に流行した美術工芸の様式。
小原さんは、この改修・改築に携われる喜びをかみしめつつも、東京都有形文化財にもなっているグレードの高い建物の工事ならではの難しさも痛感している。
「文化財の改修は、ピカピカにすることが正しい訳ではありません。本館の内装と外装は、オリジナルにできるだけ近い形で改修しなくてはなりません。そのために、専門家と打ち合わせを重ね、現在は慎重に作業前の検討を行っています。通常の工事と異なり、オリジナルを踏襲した特殊な施工方法など作業ステップが多く、決めなくてはいけない事柄が山積みです。その点では大変ですが、自分にとっては思い入れのある建物だけに、楽しんで仕事をしています」
本館奥にあった管理棟は解体され、新たに展示室が設けられた新館として生まれ変わる。新館は、本館より高くならないよう高さを抑え、外壁の色調を合わせ、本館に溶け込むような設計になっている。13年12月の建物の完成に向けて工事は着々と進んでおり、監督員である小原さんは、約50名の作業員が働く現場の安全管理を行いながら、彼らが楽しく仕事に取り組んでいるかどうかにも目配りしている。
「東京都の所有施設は、民間企業では経験できないようなスケールの大きな施設が多く、学校やスポーツ施設から文化財まで建物も多種多様。ですから、私にとっては毎回が新しいチャレンジです。こうした建物を整備する東京都の技術力が業界の見本となるよう、これからも自分の知識や技術力を高め、次に応用していく力を養っていきたいと思います。そして、ゆくゆくは建物単体を超えた大きな視点で、東京における施設の使われ方や施設の連携を踏まえた街づくりを考えていけるようになりたいですね」
届出書類の作成や図面の確認、上司の決裁確認などの事務作業は都庁内で行っているが、自分が担当している各現場を週1回まわり、監督員業務を行う。
小原さんのキャリアステップ
STEP1 2000年 設計事務所3社で設計・施工の実務経験を積む(入庁前)
大学院2年時から設計事務所でアルバイトを開始。面白い建物を手がけていること、CAD(設計支援システム)を利用するなど当時としては先進的な設計手法を取り入れていた点を魅力に感じてバイト先に正社員として入社し、7年間勤務。社員が増えてマネージメント業務が多くなったことから、独立した先輩の設計事務所に転職し、3年間さらに実務に携わる。その後、中規模の設計事務所に転職し、2年間勤務。こうした民間企業勤務で、実務スキルや世の中の仕組みを学ぶ。
STEP2 2012年 東京国際展示場と東京国際フォーラムを担当(入庁1年目)
これまでの経験を生かし、東京都のキャリア採用に応募。建築職で入庁し、財務局 建築保全部 施設整備第一課に配属となる。入庁直後から、東京国際展示場の改修工事(設計・発注・監督)と東京国際フォーラム改修工事(設計・発注・監督)を担当。これらは現在も継続中で、完成までにさらに4年かかる。深夜の現場立ち会いでは、道路車線を一時封鎖して巨大機器を搬入して行う大規模工事に感激し、60メートル近い高さのガラス張りの屋根を歩く初めての貴重な経験を楽しんだ。
STEP3 2012年 東京都産業労働局神田庁舎と東京辰巳国際水泳場を担当(入庁1年目)
東京国際展示場と東京国際フォーラムを担当しながら、10月からは、東京都産業労働局神田庁舎の外壁改修工事の設計・発注・監督業務を担当し、13年3月に無事完了させる。継続中の案件が多い中、初めて“完了した達成感”を覚える。同じく10月から、東京辰巳国際水泳場の改修工事の設計・発注・監督業務を担当し、第1期工事を13年6月に完了。夏に開催される国体に間に合わせることができた達成感を味わいつつも、外壁の塗り替えの一部を第2期工事にせざるを得なかった工程管理に悔いを残す。
STEP4 2013年 東京都庭園美術館改築・改修工事を担当(入庁2年目)
12年7月からは、東京都庭園美術館の改築・改修工事も担当することになり、設計・発注・監督業務に従事。この美術館が一時閉館して改修工事に入ると聞いたときは、まだ入庁前だったので、自分が改築・改修工事を担当することになり、大きなやりがいを感じている。13年12月には建物すべての工事を終え、その後は庭園の整備に着手する予定。
ある日のスケジュール
プライベート
折り畳み自転車を持って電車などの公共交通機関で移動する“輪行(りんこう)”をしながらのサイクリングが趣味。4年ほど前から、趣味が同じ友人たちと月に1度ぐらい出かける。写真は神奈川県の湘南海岸。
東京都江東区の富岡八幡宮例大祭(深川八幡祭り)は、江戸三大祭にも数えられる盛大な祭り。そこで2012年に初めて神輿をかついだ。「かつぎ手は清めの水をかけられるんです。気持ち良かったですよ(笑)」。
2012年9月に1週間、トルコで一人旅を楽しんできた。写真はカッパドキアにて。「気球に乗って、空から絶景を満喫しました。年に一度は旅に出ますが、やはり建築に目がいくことが多いかな」。
取材・文/笠井貞子 撮影/鈴木慶子